フォトグラファー、ウェブデザイナー「かわはらひでお」のいわゆる業界コラム&エッセイ
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フォトグラファー、ウェブデザイナー「かわはらひでお」のいわゆる業界コラム&エッセイ
 
Y岡M穂さんの撮影に向けて・・・ - < 2002 6/26 >
 真鶴のリゾートホテルにロケハンに行ってきた。あのリゾートホテルLを訪ねるのは10年ぶりくらいになる。当時はオープンしたばかり、何かもかもが新しくお洒落と言うよりはハイセンスなスペイン調が充満していた。

 僕は今までに何度か撮影で使わせて頂いて、お仕事以外の時にもフレンチを頂きに何度かおじゃました事がある。昨日も、本当は帰りにフレンチに行きたかったのだが、なんだか一人でロケハンに行くと全くフレンチとかに行く気がしない。

 オッサンが一人で、フレンチ、変だな。それで、結局、帰りは箱根Hのおそばと温泉Tで激しくリフレッシュしてきた。温泉も平日はガラガラで、何故が人が少ない方が自然を満喫できる様な気がする。何故だろう、自然の持つ何かのエネルギーが多くの人で割り勘になってしまうのだろうか?そういう意味では、昨日は独り占め状態だった。

 ゆったりできた分、いろいろなしわ寄せが仕事の方にかかってきて、実は今は朝の6時。これから寝るんでしょう?と思われがちだが、今日は違う、あ、昨日も朝は6時頃から起きていた。今日これからニコンのプロサービスに行って、それから撮影、撮影が終了次第、昨日の撮影分のフィルムの納品、その後、明日アメリカに行ってしまう、ウェブデザイナーの方と会って、そして、日曜日に九州で撮影したフィルムのチェック、多分、その間に来週のY岡M穂さんのスタジオの手配やヘアーメイクさんやスタイリストさんと簡単な打ち合わせ・・・・。

 ということは、今日は大変な一日かもしれない。ちなみに、真鶴のリゾートホテルLは、Y岡M穂さんの撮影で使います。Y岡M穂さん、身長が169pあるので結構決まると思うな・・・、ちなみに僕は180p(本当は最近少し縮んでます)。

喜んで頂いて何よりです。 - < 2002 6/19 >
 なんだか凄く創作意欲がわいたので、自分のサイトをリニューアルしてみた。"すずきみか"女史のコラムにもあるように、ありがたがって頂いているのはとても嬉しい、が、しかし、同じデザインで他の方もリニューアルしていて・・・。

 つまり、imode系のコラムページの方々が、一気に各人のページができた。これというのもphpを使って、imode他携帯端末から、様々なコメントの修正や追加が容易にできないか?といったテストもかねている。

 彼女たちのコントロールページから、携帯端末に対応したメールの送受信、一般のメールの送受信、そして、コラムや日記の更新や修正、これらがスムーズにできないか?これらの総合テストの意味合いが大きい。

 こういった一つ一つのトレーニングを何かの時にお客様にフィードバックすることも僕たちの仕事だ。

 以前も友人の会社のデスクで、ノートPCを使って30ページくらい、cgiとかいろいろ絡んだページを作った。僕的にも、なぜかあの仕事場は静かで仕事がはかどる。しかし、簡単にやっているようで、意外といろいろなスキルが要求される、日々のトレーニングがモノを言う作業なんだけど、きっと、簡単なんだな?と思われているかもしれない。

 実際、"すずきみか"女史のページでも、販売するとなると、制作にかかった時間から考えても、そこそこの料金を頂くことになる。極端な事かもしれないけど、紙のデザインよりも高額になるのは必須だ。しかし、一般的にはWEB系はやすく見られているようで、先日も、ザーッと簡単に見積もりを作ったら、驚かれた。ま、あれはページが量的に大きすぎるというのが最大のネックだと思っているのだが、ページ単価が高いと言われたら、困ってしまう。

 "すずきみか"女史のページは、その時の見積もりよりも数段高い料金になる。ん、困ったね・・・。こういった事をクライアントさんに説明するのがもっとも苦手。

名脇役の・・・。 - < 2002 6/18 >
 僕は元々映画でもお芝居でも、脇役がとても重要なファクターだと思っている。脇役が良くないと主役が光らない。

 そんな名脇役の一人、室田日出男さんが亡くなられた。室田さんには、僕が以前書いた書籍をテレビドラマ化した際に1シーンご出演いただいた。当時、室田さんはとても忙しいスケジュールで、一日のみの収録でだったが、何でも僕の本を読んででてみたいと言ってくれたようだ。

 あの独自の室田節というかコッテリとしたテイストは、この先誰が演じられるのだろうか?

 本当にご冥福をお祈りします。

やはり、過去との決別が必要なのかも? - < 2002 6/7 >
 ちょっと以前から美味しいイタリアンと言えば、僕のお友達関係では、三茶のPと決まっていた。つまり、仲間内で今度イタリアン行きましょう、と言う事は、三茶のPに集合ですよ、と言った意味に近かった。

 パンも自家製で、年に二度ほど社員研修でイタリアに一週間ほど行っていた。それにデザートはニューヨークの美味しいイタリアンよりも美味しかった。確か首藤氏も、外国からオーケストラを呼んだりした際に、良くPに行っていて、確か、一度、僕は割り込ませて頂いた記憶がある。そして、皆さんからは間違いなく美味しいと言う評価を頂いていた。当然、予約しないと入れない、そんなお店だった。

 それに、青山で中華と言えば、H、これも間違いなくイメージしていた。過去には有名な外タレのジャケット撮影の顔見せお食事会にも、このHを使ったし、この姉妹店で六本木のCは、隠れ家的な雰囲気もあって、業界人御用達の穴場だったな・・、そのまま飲み直しは、西麻布方向に一方通行を逆になるけど、T、こんな感じに流れが決まっていた。

 なのに、なのにだ、昨今の不況で、僕があまり遊び歩かない内に、それらのお店がガクッと味か落ちていた。お客さんもあまりいないし、Pはワインをかなり値上げしていて、Hは逆に全体的に値下げしていた。それにメニューのゴージャス感が全く無くなっていた。あの高級感あふれるメニューが良かったのに・・・。

 やはり、過去との決別が必要なのかも・・・。

 いつまでも同じようなお店に行っていてはいけない。新しいお店で新しいイマジネーションや新しい交友関係を広げていかないとね。でも、インターネット業界や最近の出版業界って、良いお店を知らない人が多いような気がしますね(少々問題発言?)・・・。やはり、業界と呼ばれる様になるには、その辺のレベルアップがないと、認知されない様な気がしてます。もっと頑張って、誇れる業界人になろう。

ワールドカップ、良いね。 - < 2002 6/3 >
 ワールドカップ見てますか?

 今までそれほどサッカーファンではなかったくせに・・・、と言われそうですね。まさに、僕は日本のJリーグが好きではありません。

 ソレというのもJリーク発足当初、Jリーガの方とは、僕の行っているスポーツクラブでトレーニングをしている選手や、ファッション誌の撮影していたので、年末のパーティーやモデル関係の人たちのパーティで彼らに遭遇する事は、多々合った。そのたびに"
こいつらアホ"と感じてきた。

 しかし、ワールドカップは違うね、レベルが全く違う、ただ、中田のインタビュー番組やドキュメント番組を見ていて、全くサッカーに対するイメージを変えた。

 凄いスピードとボールに対するセンス。感動したね。本当に早い、人に感動与える。

 それに比べてJリーグ・・・、頑張るのだ。

ヒーロー像と僕のレジュメ - < 2002 5/30 >
 アメリカンリーグ人気投票でイチローが今年も一位(現状で)。良いぞイチロー。

 しかし、イチローの登場でヒーロー像が変化したのは事実じゃないかな?特にアメリカ人のように絶対的なパワーを好む人種(多種な人種だけどなぜかアメリカンと言う人種は存在している)に取っては、ちょっとした意識革命だったかもしれない。

 実は僕は昔、ソフトボールをする際の自分のスタンスは、バントヒットで塁に出る、でたら、盗塁。これが僕の中での格好いいスタイルだった。巨人の柴田かな?スイッチヒッターに転転向してからは、特に格好良かったです。

 当時は、一緒にやっている仲間の間では、そう言ったプレースタイルは、あまり人気がなくて、やはり、ホームランを打つのが格好良いとされていた。そんな訳だから、当時相手チームのみならず見方からも「そんなにして塁に出たいのか?」みたいに言われていた。

 テニスでも、僕はゲームの大事なてところでは、アンダーハンドサーブでポイントを取るマイケルチャンの様なプレースタイルが今でも大好き。これも一緒にダブルスの試合に出ていたO氏には良く「そんなに勝ちたい?」なんて言われてました。

 ええ「勝ちたいですよ」、もっと言えば勝ちたいと言うのもあるけど、僕は知らない内に多様性みたいなのを追求していた様に思う。

 そんな訳で、当時イチローが活躍していれば、僕の様なスタイルも評価されたのに、でも、評価されなかったからこそ、今の自分がいる、とも思える今日この頃です。

 それで、先日もお伝えしましたモデルの星野さんがニューヨークのモデル事務所に入るに当たって、業者の紹介文が必要と言う事で、まず、僕のレジュメ(履歴書みいたな)を提出した。この際だから皆さんにもそのレジュメを公開しましょう。初公開、出血大サービス(表現が古い)。今の表現だと何というのでしょう?半額セール?今だけの大安売り?全然違うね。

 レジュメのダウンロードはこちら(パスワードが必要です、僕のPhotoGaleryと同じパスワード)。パスワードが不明な方は、こちらです。

モチベーションの下がるお仕事 - < 2002 5/25 >
 モチベーションの下がるお仕事だったな、事の始まりは不愉快な電話からだ。

「ある撮影をお願いしたいのですが、この日(ある日にちの事です)は如何ですか?」

「今、その日は、打ち合わせの予定がありますが、時間がでていないので、調整できます、そちらの撮影は何時ですか?」

「あ、そうですか。では結構です」

 な、なんだよ、それ?

 それでも同じ担当者で別の撮影をすることになった、撮影の時間が当初の約束よりも当日に30分早くなっていた。当然、僕は問題なく、約束の場所に10分前にはスタンバイしている。

 だが、どこにも人待ち風の人はいない(この方とは初めてのお仕事だったんですね)。しばらく待っていてもそれらしい方は居ない、約束の時間から30分が経過して、やっと合う事ができた。

 いらしてたんですね、私たちは10分ほど前からきてましたよ、おいおい、僕はもっと前からきてるよ。それにその10分前でも充分に遅刻じゃないの?

 そういった担当者だからなのか、撮影するべき人も約束の時間ら90分送れて到着。しかも、何度も電話で連絡を取りながらも、後何分で到着するとか、そういった報告は一切ない。

 何ででしょうね??

 僕がうるさすぎるのかな?確かに僕も遅刻した事はあるけど、こういったやりとりはないですね・・・、しかも、人に何かお仕事をお願いすると言う事は、やはり、その人に何かを創って頂きたいから、その人にお願いする。こういったテイストは絶対にあるわけで。

 たとえば、ウエブ制作で簡単なお仕事で、アルバイトの人にオーダーする際でも、やはり、その作業をしてくれる人にお願いする、そういった気持ちはあったし、その人にやって欲しいと、思ってオーダーをしてきた。

 そう言えば同じような事をされた事があるな、やはり、ウエブ制作だった。僕的にはあの業界は、まだ、どうしようもないので仕方ないと割り切ってきた。

 しかし、今回は撮影するという僕の業界でのことだ、モチベーション下がるよな・・・・。

祈りの気持ちで・・・ - < 2002 5/24 >
 先日、本谷美加子さんの撮影をした。日本で有名なオカリナ奏者です。多分、少し前のサントリーの"のほほん茶のCMソング"というと思い出す人もいるでしょう。

 今でもCD制作をして、コンサートをして、そしてテレビ番組で四国八十八カ所巡礼を続けていて、最近のテーマは"祈り"。決して宗教というのではなく、祈り、僕もどこかに入信しているわけではないけど、祈り、ってありますね。

 彼女の場合、音楽を創るときやコンサートの時は、こんな気持ちになるそうだ。だからコンサートの前とかに、いろいろと集中する時にじゃまされるのはとても困るようだ。僕も集中する撮影の前に邪魔されたくないな。

 撮影は、広い風景を探して都内を大井の方に行った、土曜日と言う事もあってトラックとかがいない、鉄道の荷物を扱うエリアなんて最高でしたね。ただ、今回は撮影許可を取っているわけではないので、撮影せずにロケハンだけで、最終的にはその近くの広い場所で広がりのある写真ができたように思う。

 その撮影の時のインタビュアーが、育(iku)さんです、ご存じの方はご存じでしょう。とても緊張されていたようでしたが、原稿は良い感じに育さんテイストになっていました。後は、本谷さんにご確認頂ければ大丈夫と言ったところでしょう。

 明日はなぜか?坂本ちゃん(表記はこれでいいのか?)の撮影。どうして良いのか未だにつかめていない。

ジャマイカ旅行1 - < 2002 5/15 >
 ジャマイカには過去に何度か行っている、いつも行くのはレゲエサンスプラッシュの時にニューヨークから行っていた。ジャマイカはニューヨークではラブアイランドと呼ばれていて、恋人達がリゾートする場所として人気のエリアだった。日本の感覚だとグアムサイパンに近いのかも知れない。

 一度は日本の旅行代理店からニューヨーク経由でチケットを購入して行った。次はニューヨークの旅行代理店で、ギリギリまで待ってキャンセルされた激安チケットをゲットして行った。そして、航空機の問題か空港の問題で本来と着するはずのモンティゴベイには到着せずにキングストンに到着してしまった事があった。ホテルは航空会社が用意してくれたので問題なく、翌日、モンティゴベイまでも航空機は手配されていた。

 ただ、レゲエサンスプラッシュのシーズンでモンティゴベイに予約してあった、確かカーサモンティゴ(だったと思う)が、約束の日に来ない僕達の部屋がキャンセルされてしまっていた。

 そして、僕達(ニューヨークお友だち、みんな同業のクリエイターの人達)は、ホテルの公衆電話からニューヨークの旅行代理店にコレクトコールをかけまくった。全員で交渉する事、3時間(くらいかかったと思う)、特に当時は電話が通じなくて大変だった。旅行代理店が「今、モンティゴベイで空いているホテルを用意する」という事に決着した。
 そのホテルが、ローズホールガーデンホテル、当時、モンティゴベイで一番高級なホテルだ。当然、通過料金はなし。最高のオーシャンビューで、何と部屋はスウィート、確か専属のメイドさんのような方がいらしたような記憶がある。エレベータを出るとそのフロアに部屋は4つほどで、部屋の広さがイメージできるでしょう。

 そして、同じフロアに顔のでかい(あまり人の事言えませんが)、何だか気持ち悪い大きなオカマがいて、彼は何かと目立っていた。何と、彼はボーイジョージだった。当時彼はビッグスターなのは言うまでもなく、「私は有名なのよ」的なオーラをまき散らしながら、でも、お忍び旅行的な雰囲気も出しまくっていた。

 長くなるので、この続きはなにかの時に・・・。

今日はボブマーレイの命日 - < 2002 5/11 >
 5月11日、今日はボブマーレイの命日だ。1981年だったと思う、僕は確か自宅で暗室作業をしながら聞いていたオールナイトニッポンのタモリさんが僕に告げた。その3年後に僕はジャマイカのトレンチタウンにいた。不思議だね、ボブマーレイは当時36才。

 パトゥワ訛の英語の歌詞が理解できる訳でもないのに、凄く僕には感じられた音楽の数々、当時浅井慎平さんが書いたジャマイカの本を買って、凄く影響を受けたな、浅井さんの写真とスタイルに、そんな人が当時多かったように思う。

 ジャマイカへ行っていてみて思ったのは、日本のレゲエに関する音楽雑誌情報のいい加減さ、今ここで細かく指摘はしないけど、当時に日本に帰ってからレゲエに関して書いている人間はまずジャマイカなんかに言った事もなく、あたかも見てきたようにジャマイカとレゲエを書いていた。困っちゃうよね。ニューヨークのレゲエラウンジにも行った事が無いのに語っていたもんね。

 そして、僕が某雑誌のコラムで"ラップミュージックとジャマイカンDJスタイル"に付いてを書いたところ、かなりの当時レゲエ系音楽評論家からクレームが付いた。「とにかく君の言っている事は違う」と。

 ジャマイカンDJスタイルと言うのは、簡単に言ってしまえば、当時ジャマイカでお金のないミュージシャン達が街にでて、ターンテーブルでレコードのインスト部分を繋いで、リズムを刻んでそれに歌を乗せた音楽だ。今思えば明らかにラップミュージックと同じでしょう。

 だって、僕はそのどちらも未だ世界は誰も知らない時から、ニューヨークの怪しい水曜日か木曜日にしかオープンしないクラブで見てきたし、ジャマイカのトレンチタウンやダウンタウンで、うるさいくらいに流されるノイズまじりのレゲエを聴いて来た。ニューヨークにはニューヨークの弾けるリズムがあって、ジャマイカには田舎的なあのリズムで歌っていた。 

 ジャマイカは今でもあの頃のようにレゲエのリズムなのだろうか?





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